はじめに

ランドセル130年史

はじめに

ランドセルが再びブームに

このところランドセルの話題が多い。
8月は孟蘭盆会の季節であるが、最近はその8月が、最もランドセルの売れる時期と言われる。その頃になるとデパートでは、どこもがランドセル売り場を広げ、ピンクや赤を初め紺や黒といろんな色のランドセルが並ぶ。こちらの売り場でもあちらの売り場でも、おじいちゃん、おばあちゃんに連れられた子供たちの笑顔が溢れる。ひところは母親がランドセルを選んで決めていたようだが、最近は子供たちが自分で好きなランドセルを選ぶようになったと言われる。

値段も年々高額なものが増えて、高級品は10万円から15万円もするランドセルが売れているという。可愛い孫のために出費を惜しまない祖父母の顔が浮かぶ。とはいえ、全国でのデパートでの平均価格は5~6万円というのが相場のようだ。
スーパーでも、春先からランドセルが売られ、夏を過ぎるとここでも売り場が多くの子供連れの客でにぎわう。スーパーでも高額品は何百針の刺繍をしたり縁取りをしたものが10万円前後で売られているようだ。平均価格はデパートよりは安く3~4万円前後のようだが、高額品も結構売れているという。

従来はランドセルが売れるにはシーズンがあり、クリスマスの前あたりから年を超えて1月、2月というのが当たり前であったようだが、このところは夏がピークで秋も年末年始も売れており、シーズン性が無くなってきているようだ。

外国人がお土産やファッションとして

一方で、いま海外からの旅行者が大幅に増えている。円安の流れも受けて中国、韓国、タイなど海外の旅行者が1000万人を大きく上回るようになり、ランドセルの珍しさ、可愛さが受けてお土産品としても人気になって久しい。さらには、大人の女性がファッションとして買っていくケースも珍しくなくなっているという。女優や有名人がランドセルを背負っている姿が写真に撮られたり新聞で紹介されたり、或いはブログなどに載るとそれがネツトで広がって大きな需要が発生することになる。そんなことで、東京のデパートやメーカーの直営店などでは、結構値の張る赤やピンク、黒や紺のカラフルなランドセルが飛ぶように売れていくという。
インバウンド需要という言葉が最近の流行りでもあるが、中国辺りの富裕な旅行者が、爆買いの対象として買っていく例も多く、確かな数字は不明だが、相当数が売れていることは間違いあるまい。アジアばかりでなく欧米の旅行者にも結構売れているようだ。
全体の2割ぐらいが外国人と、あるデパートの担当者は言う。

少子化高齢化がかえって売れ行き向上に

日本では、もう20年以上前から少子高齢化が大きな問題となっているのは周知のとおりだ。1億2700万人前後だった人口が、もう何年も前から減少過程に入ったと言われる。合計特殊出生率という女性が生涯に産む子供の数が、1974年に2.0を切り、2005年に最低の1.26を付けた。その後徐々に増えてはいるが、微々たる数字で、2014年は1.42であった。人口を維持するためには、2.07ぐらいの数字が必要だとされ、現在のような状況では人口減少の流れは止まらないと言われる。
特に小学校の入学児童はかつての260万人以上もあったころに比べると半分にも満たず、ここのところ100万人強となっている。ある意味でランドセルにとっては危機的状況を迎えているはずである。が、それにもかかわらず、ランドセルは何度目かのプームの時を迎えているわけで、高額化しているのはなぜか、不思議な現象でもある。
しかし、状況を探ってみればそれなりの事情が見えてくる。特に、少子化が進んでいることで子供は1人か2人という家庭が多い。そして、その子供の両親にそれぞれの親がおり、1人の子供に6人のスポンサーというケースも見られ、それが高額化し、売れ行きを支えているという見方も有力であるという。

組合としての努力に業者の自覚と協力

視点を変えてみると、ランドセルを作っているメーカーの、その多くが参加している一般社団法人日本鞄協会という組織がある。その傘下のランドセル工業会(かつてはランドセル推進委員会という組織であった)が、永年にわたってランドセルの普及とルール作り、そして学習院型という基本的スタイルを守り、維持してきたという背景も見逃せない。ランドセルに関わる業者が、互いにより良いモノづくりに逼進する一方で、国産で作るという共同の強い信念を持ってランドセルを守ってきた事実は忘れてはならないだろう。
そんなランドセル業界も、ベビーブームで爆発的に子供たちが増えたり、コスト削減などいろんな理由で大量生産方式が求められ、競って安売りを進めた時期があった。メーカーは問屋を通じて販売するのが普通の流れであった頃だが、結果、利益の低下と返品など悪習慣に悩まされたそういう時期があり、苦境を経験した企業も少なくないと言われる。
しかし時代とともに変化が進み、少子化という問題が発生、年々ランドセルの需要が落ちていった。そんな中で、利益のない安売り競争では企業が生き残れないとの認識から、各メーカーはそれぞれ試行錯誤を繰り返し、淘汰が進んでいった。結果的に採算性が重視されるようになっていったわけだが、そんな中で徐カにオーダー制というシステムが生まれ、大量生産から注文生産に移っていった。
さらに先に述べた子供たちの噌好の広がりなどから個性的なランドセルが求められるようになっていく。特に、2000年代の初めに、大手量販店が発表した24色ランドセルが大きな転機になり、色もそれまでの男の子は黒、女の子は赤といった流れからピンクやオレンジ、プルーなどといったカラフルな噌好が広まっていったという。同時にいろんなデザインが施されるようになり刺繍したもの、型押しや縁取りしたものへとバラエティな展開となっていくのである。
現在、先述のランドセル工業会に所属する企業は34社ほどだが、所属しない一部企業も含め、ここ数年は最も安定した時期と言えるかもしれない。メーカー各企業は、大量生産で売れ残ったりいろんな理由での返品などで、採算性が悪く苦労しても利益の出なかったころを振り返り、今は本当に有難い時代になったと述懐する人が多い。

将来への課題も山積

しかし、課題がないわけではない。このところの急激な高級化、高額化は、安穏としておれない問題でもあろう。ランドセルは、何といっても小学校入学児童のための学童かばんである。誰もが必要である一方、誰もがおじいちゃん、おばあちゃんに高いランドセルを買ってもらえるわけでもなく、賛沢品であっていいわけがないのは当然であろう。かつて「タイガーマスク」が恵まれない子供たちにランドセルを贈る、と話題になったが、豊かさの陰で低所得者や生活保護家庭が増えているという現実もある。とても無視していい問題ではなかろう。マスコミなども、高額化が進めば当然、反対意見も出てくるだろうことは目に見えている。
さらに一方、近い将来で最も大きな問題と言われるのは、学校教育でのデジタル化推進の波が迫っていることである。教科書がIT化され、例えばアメリカや韓国で進められているiPadでの授業が当たり前になった時、果たして今のランドセルは残るのだろうか、という不安がある。
ここ数年来、日本鞄協会主催の研修旅行で参加者はアメリカ、シリコンバレー近郊の私立の中高一貫教育のクリスチャンスクールを視察したが、何も持たずただ、iPadだけで授業する現実を目の当たりにして、参加者は大いに衝撃を受けたという。ランドセルの形は変わってしまうのではないかと不安に思ったと、誰もが受け取ったようである。学習院型のスタイルを守り、国産を 維持するためには創意工夫が強く求められることになろう。多くの課題も見えてきているのである。

幕末の様式陸軍の背嚢が原型

ランドセルは、江戸時代末期に創設された洋式陸軍が採用したオランダの背嚢(ランセル)が出発と言われるが、その後、大正天皇が皇太子の頃、学習院小学校に入学する際、時の総理大臣であった伊藤博文が贈った箱型の背負い鞄が起源となって今に繋がると言われる。明治20年の頃である。それから長い月日が流れた。ランドセルはいろんな変化が加えられ改良されたが、その基本的な形を維持したまま今日に残っている。
(田波勝 委員担当)

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