ランドセル130年史

第2章 ランドセルにおける組合活動の推移②

工業組合化進む

昭和35年には、所管省庁より団体法に基づく組合の結成を促され、東京においては東京都鞄工業組合(渡辺定次理事長)が結成された。併せてランドセルの出荷調整事業の認可を得ている。
同年8月には、大阪にて3都の業界団体の懇談会を開催し、ランドセルの生産調整には全国規模で統一化する事が望ましいとして、大阪、名古屋にも同様な工業組合の設立を懇請する。

昭和36年には、東京都鞄工業組合の事業計画にランドセル・学生鞄の出荷数量に関する制限事業として調整証紙を発行し、組合員は必ず製品の出荷に際し、この調整証紙を貼付すると共に、本組合員の検査員によりその出荷数を検査する。としている。
大阪鞄協会では、傘下の大阪ランドセル工業会(坂田博好会長)において過大な生産を行い生産過剰にならぬよう、くれぐれも自覚するよう申し合わせが行われている。
又、日本鞄協会からの研究課題として、「ランドセルに規格を作る事の可否」についても論議されており、結果は、却って弊害が生じる恐れがあるので実施に対しては「全会一致で反対」としている。

昭和38年4月1日に発令された家庭用品品質表示法による皮革製品の品質表示について、㈳日本鞄協会(太田冶三郎理事長)では消費者に認知・普及する目的でPRポスターを全国の小売店に配布し店頭表示する事とした。
昭和39年には、既に認可結成されている愛知県鞄工業組合と目下、認可申請中の大阪府鞄工業組合と合わせ、3工業組合が揃う見通しが立った事で、『全国鞄工業組合連合会』の設立準備を進め認可申請中の所、同年10月14日には正式に認可される事となった。11月17日には、第1回理事会を愛知県産業貿易会館で開催し、理事長に、東京都鞄工業組合理事長の三井松次郎氏を選出した。
席上、大阪府鞄工業組合(舟森定吉理事長)、愛知県鞄工業組合(大橋七三郎理事長)の3都の鞄工業組合は、かねてより課題のランドセル・学生鞄の出荷調整事業を、昭和41年度より全国統一で実施する事を申し合わせた。

同年、㈳日本鞄協会(太田冶三郎理事長)では、業界の健全なる発展を図ることを目的に、鞄にJIS規格を適用し、消費者が安心して購入できるようにし、鞄の声価を高めようとの計画が打ち出されるも、鞄全般に一旦り制定するのは無理が生じる為、先にランドセル・学生鞄に実施し、経過を見て他の鞄にも実施しようとの計画であった。

ランドセルの寸法統一への動き

昭和41年7月上旬には、ランドセルの標準寸法設定について、工業技術院より公式文書によって、昭和42年3月10日までに寸法・形状につき報告するよう要請があった。
これらの事柄から推察すると、特に当時のランドセルが消費者から見ても、分かり難い商品になっていたのではないだろうか。
勿論、物価の値上がりによるものであろうが、昭和36年頃は底値が1,800円位からであったのが、昭和40年にはそれが3,000円になり、上は500円刻みに、3,500円・4,000円・4,500円・5,000円等、コードバンの10,000円まであり、形状も2段マチ・3段マチ、素羽もヌメ革・クローム革、又、それぞれにモミ型押し革があるなど、価格差に対し明確な差異が不明瞭で、消費者側に戸惑いがあったと見受けられる。
当時の通産省からもランドセルの規格統一化を要請される中、全国鞄工業組合連合会(三井松次郎理事長)では、現在製造しているランドセルの仕上がり寸法を基礎に原案寸法を決定する事とした。

ランドセル寸法統一規格
  1. 厚さ=3段マチで4寸(13.2㎝前後)
  2. 背板巾=8寸(2.4㎝前後)
  3. 高さ=6寸8分(22・44㎝前後)
  4. 中身ごろ=6寸以内(19.8㎝前後)
  5. 革の厚み=(カブセ2~2.3㎝)(マチ1.2~1.4㎜)

と言ったもので、これを社日本鞄協会へ提案する事とした。

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