ランドセル130年史

第2章 ランドセルにおける組合活動の推移④

業界申し合わせで15,000円と決める

㈳日本鞄協会(池田貞三理事長)の音頭で、全国鞄卸商業組合連合会(市橋好造理事長)と、全国鞄工業組合連合会(大橋七三郎理事長)の商工懇談会が開催され、「近年の高級化にともない必要以上に高価なものが出回り、学用鞄という特異性を離れ噌好品の傾向にある」「自由経済の中、時代と逆行するが廃止問題に発展する恐れ等を考慮し、永く使用されるよう業界側の自粛が大切である」との結論から、業界申し合わせとして、最終販売最高価格を15,000円としている。
同年、㈳東京鞄協会(大峡幹夫会長)では、ランドセルに関わる諸問題に取り組む為、「ランドセル対策委員会」を設置し、8月には消費科学連合会(三巻明子会長)会員との懇談会を開催し、形状、品質、安全性等を含め、消費者側からの参考意見を聴収している。

ランドセル推進委員会発足

この間、各地区にてそれぞれランドセルの需要堅持の活動を進めている中、全国の商・工連絡会議で消費者に対しランドセルの正しい認識を徹底させる事を目的に、ランドセルに特化した新たな組織として、『全国鞄協会ランドセル推進委員会』(若松種夫委員長)を昭和49年7月に発足させることになる。
主な事業内容は

  1. 学校長会、PTA、教育委員会等との意見交換を図る。
  2. 専門調査機関にランドセルに関する情報その他に付き調査を依頼する。
  3. 主要日刊紙を通じてPRする。
  4. ポスターを作成し、学校PTA、幼稚園等の関係筋に配布する。
  5. ランドセル業界の実情を関係筋に訴える。

等としている。

そのような時代背景の中、昭和52年には、新たな問題も発生する。
教科書が現行のA5判サイズ(縦21㎝、横14.8㎝)からB5判サイズ(縦25.7㎝、横18.2㎝)に変更される、との文部省当局からの発表があり、昭和55年4月より実施されるとしている。
ランドセル推進委員会では、教科書大型化に伴い、ランドセルのサイズ問題に関する対処方についても頭を悩ます事になる。
㈳日本鞄協会(飯塚正治郎理事長)、全国鞄卸商業組合連合会(吉田吉蔵理事長)、全国鞄工業組合連合会(若松種夫理事長)の3団体では、業界内でいたずらな混乱を防止するため、「ランドセルの寸法問題に関する統一見解とその対処方について」を発表し、53年・54年4月入学の児童には現行サイズのランドセルを推進するとしており、業界を混乱に落し入れることになり兼ねない大型化に走るエゴイズムを、業界が一致して断固排除する事を申し合わせている。
当時のランドセル標準寸法(通商産業省日本工業規格)は、かぶせ巾23㎝、かぶせ長さ39㎝、背たけ26㎝、背巾21㎝、まち巾14㎝となっている。

通商産業省では、「小学校教科用図書の判型変更に伴う日本工業規格ランドセル標準寸法の変更の可否について」と題し、公報産業欄にその見解を掲載している。
「現状を踏まえ、標準寸法の変更の必要性は無いと判断し、無用の混乱の生ずることの無いよう留意することを要望する」としている。

昭和58年には、ランドセルの二重価格販売問題も発生する。
これは、供給過剰との兼ね合いもあるが、廉価品の乱売に伴う二重価格標記が問題となっている。

昭和59年には、公正取引委員会より販売会社4社に警告が発せられているが、二重価格問題はその後も続き、ランドセル推進委員会では全国商・工連合会と一体となり、二重価格の根絶と乱売防止・自粛についての要望を、日本百貨店協会、日本チェーンストア協会等に文書をもって協力を要請している。

またまたサイズ問題で混乱

昭和61年に入り、またしても教材サイズの大判化変更に対する混乱が見られる。
一部の副教材において、現行のB5判サイズからA4判サイズへの移行が各地域に見られ、ランドセルに教材が収納出来ないとの声が聞かれ始め、ランドセル推進委員会においては、日本標準寸法規格め遵守等、対応策などが話し合われている。
当然、製造業の集まりの推進委員会としては、サイズが変わることで、設備投資負担が増加する事への危機感もあり、標準寸法の遵守が絶対条件であった。
然しながら、メーカー側の思惑とは別に、販売店側の論理は、ニーズに合わない製品の販売は出来ないとの、意見の相反する状況の中、A4判収納サイズのランドセルも市場に出回り始めてきており、ランドセル推進委員会としても、平成2年には「やむを得ない場合に限り、タテ、ヨコ、1cmの誤差を容認する」との暖昧な表現にて大型化を認めている。

推進委員会からランドセル工業会へ

平成2年には、㈳日本鞄協会において活性化PR委員会(吉田滋委員長)が発足する。
業界内にPR活動を行う委員会が2つ出来たことから、ランドセル推進委員会のPR活動ほか、推進委員会の在り方に付き検討が重ねられた。
1つには、この頃になると委員会発足の発端であったランドセル廃止運動も、その活動が功を奏して下火になり、当初の目的は達成されつつあった。
結果、 平成6年7月31日をもって、『全国鞄協会ランドセル推進委員会』(若松種夫委員長)を発展的に解消することとなり、発足から20年の歴史に幕を閉じることとなった。
代わって、同年8月1日より、㈳日本鞄協会の下部組織として、ランドセル工業会(部会)(吉田滋会長)として新たなスタートを切ることになる。推進委員会の設立基本方針を継承し、「学習院型ランドセルの普及のための振興ビジョン策定によりPR活動を行う」事を目的に、全国活性化PR委員会と協調の上、事業活動を行う事としている。
合わせて、活動資金となる「信頼と安心の保証マーク下げ札」を作成し、会員企業ヘランドセルへの取り付けを要請している。
同時に、教材の大判化(A4判)と市場の実態にあわせ、標準寸法の改定もおこなっている。
改定のランドセル標準寸法は、かぶせ巾24㎝、かぶせ長さ44㎝、背たけ28㎝、背巾24㎝、まち巾15㎝としている。

平成6年以降も、徐々に大型化するサイズ問題、また半カプセや横型等の変形ランドセル、黒・赤以外の多色化傾向等の問題も重なり、ランドセル工業会にて、出来る限り自粛する方向で申し合わせがなされている。
平成11年には横型等の変形ランドセルと学習院型とを明確に区別するため、標準寸法の学習院型の写真を表面に印刷し、「日本製」の表記と共に、裏面の保証内容の修正と合わせ、それまでの「信頼と安心の保証マーク下げ札」を変更している。

その後、「信頼と安心の保証マーク下げ札」は2度変更されている。1度目は海外製のランドセルとの差別化を図るため、平成20年に「6年保証」を前面に打ち出すとともに「日本製」を消費者にアピールするため変更している。
2度目は平成28年度から、これまでの「6年保証」を「認定証」及び、「修理対応保証」に変更している。
これは有償・無償保証の範囲が暖味であり、製造責任は製造者にあり、販売における保証は販売者にあることを前提に、ランドセル工業会としては「修理の対応を保証すること」に留まる、との結論からである。
工業会としては新たに工業会会則規定と基準に則って製造された日本製のランドセルを「認定証」という形で認可する事としている。
又、ランドセル推進委員会発足時から設営されている「ランドセル110番」は、継続して各地域支部により運営されており、消費者からの問合せの受付については、今までどおりである。

こうして見てみると、昭和20年代はランドセルの供給問題、入学児童数が減少していく30年代には、生産過剰による生産調整問題、昭和40年代は、価格の高騰によるランドセル通学廃止問題、昭和50年代後半からは乱売による二重価格問題と軽量化と耐久性の相反する問題への対応、昭和60年代から平成に入っては、副教材の大判化によるサイズ問題、又は材料等の諸資材高騰による値上げ問題、平成10年代に入ってからは、比較的業界を揺るがす大きな問題は無かったが、平成20年代になって、大手量販店による行き過ぎと思われる販売戦略により、教科書や教材とは別の収納物によるランドセルのサイズ問題が再び噴出したため、工業会が中心となり、要望書送付など対応している。
永い間、同じ通学鞄であった中・高向けの一本手学生鞄は昭和60年代半ばにはもうすでにほぼ市場から消滅している。

通学スタイルの多様化、ファッション化ということで、大部分が他の持ち物に代わった。
これに対して、小学校児童には、制服であるか否かに関わらず、ランドセルこそ児童に最もふさわしい通学鞄として認知されている。
その上昨今は、多色化や多少行き過ぎた感もある装飾により、製品個々の差別化が図られ、消費者が好みのランドセルを選べる時代でもある。
だがその一方、入学児童数の方は年々減少に向かいつつある。業界が今後最も注意すべき事は過剰生産、過剰在庫であり、天井知らずの小売価格設定である。
既に法律上の生産調整、価格制限は不可能である。メーカーの自覚だけではなく流通・小売り業者の理解も必要である。
今後は業界人としての当事者個々の自覚に待つ以外ない。
又、中国を含めた海外生産による流入も国内製造業者にとって見過ごし出来ない問題でもある。
その上、数年先の小中高のIT化による電子教科書問題も、特に小学生の通学スタイルにどのような変化をもたらすのか予断を許さない。
時代環境の変化がランドセルに及ぼす影響は計り知れない。商・工が共に危機意識を持って新たな問題に臨む必要がある。

今後も一般社団法入日本鞄協会ランドセル工業会に与えられた役割は大きい。

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