コラム

ランドセル素材クラリーノの歴史

ランドセルは牛革や豚革を中心索材として発展してきました。昭和30年代ごろから合成皮革や人工皮革の開発が進み、年々改良されて、40年代に入るとランドセル素材として多く使われるようになっていきました。なかでもクラレ社(以降クラレと表記)の開発した「クラリーノ」は人工皮革の中でも中心素材として評価が高く、現在ではランドセルの主要素材としてその地位を確立しています。

人工皮革開発の強い思い

「クラリーノ」の開発については、クラレの創業者・大原総一郎氏の強い思いがベースにあります。「天然皮革と比べても遜色のない人工皮革(合成皮革)を開発せよ。」創業者の一言から開発がはじまりました。1950年クラレは、ビニロンという国産初の合成繊維を作った会社として名を馳せていました。高分子の合成技術などの開発能力を持っていました。そのうえ人工皮革を作るうえで欠かせないソフトで強力な糸を作れる技術があり、天然皮革の入り組んでしなやかな繊維を再現できないかと考えました。天然皮革はコラーゲン繊維のため代替えを探すのに時間を要したものの、なんとか近い素材を見つけ、これらの技術を集結し、革のような素材である人工皮革「クラリーノ」は誕生しました。

前途多難な歩み

誕生したクラリーノは商品に用いられるまでに大きな壁に当たることになります。クラレの当初の目的は靴業界への参入でした。高級な本革を人工皮革を用いることで、軽く・扱いやすいものにすることが狙いでした。しかし当時の人工皮革は本革に比べるとしなやかさに欠けるため靴のように湾曲した部分の多いものを作るのには適しておらず、開発は振り出しに戻ります。靴として用いてもひび割れないクラリーノを作る。この研究に10年以上もの月日を要しました。1965年ようやく靴としても耐える物性を持った丈夫でしなやかな、まるで革のような素材であるクラリーノが本当の意味で誕生します。

そして、同年に「履いてよかったクラリーノ」というアヒルを使った宣伝に多くの費用をかけて展開し華々しいデビューを果たしました。百貨店では革の代替えともなるクラリーノは話題性があり靴は飛ぶように売れました。しかしここでまた問題が発生します。売れた靴は履くうちに次々と加水分解を起こしたのです。加水分解とは高分子が分解して割れが起きる現象で、やはり靴のように伸縮が繰り返される用途での使用には不向きでした。事業としてブレーキがかかることになりました。

その後開発が進み、加水分解の起こらない繊維と技術を元に改良されたクラリーノが完成しました。ちょうど人工皮革という新しい素材に世間も注目しはじめていたので、靴以外にも用途展開を図れると開発担当者は思い、分野を細分化しての開発を行うことになりました。これにより、ファッション事業、スポーツ事業やランドセル事業と用途に適したクラリーノが続々と発表されていきました。今では、ランドセルをはじめ、色々なところで使用される素材として用いられています。

ランドセルとしてのクラリーノ

色々な用途用に開発が進められはじめた1967年、クラリーノの発売から2年後にランドセル素材としての開発がスタートする。試作品は靴の原反をそのまま転用しているような状況で、素材としての試行錯誤もありました。ランドセルに使用する素材として安定してきた時、新素材を用いたランドセルの販売に一番に名乗りを挙げたのが株式会社協和でした。この時製作したランドセルの数は4万個。ただ当時は、まだまだ天然皮革人気が根強く人工皮革が受け入れられるには時期が早く、店頭に並んだクラリーノランドセルを手に取る人は少なかったようです。

その後、株式会社ムトウが職域販売や幼稚園販売を通してクラリーノランドセルを扱うことになり、初年度で5万個の製作。初年度、5万個を完売、2年後には10万個の発注が出てそれもほぼ売り切り、3年目になると15万、20万とクラリーノランドセルは知らない人がいないほどの広がりを見せました。市場でクラリーノランドセルの売れ行きを見ていたクラレとしては、これは基幹用途になると、ランドセル用クラリーノ素材の製作を主軸に生産をスタートさせました。当時は「対傷性」を重視し、深エンボスのモミシボという傷に強い素材づくりをしていました。もともと革より軽く、雨の日の手入れが簡単、水に強い、それに傷にも強いと、噂は広まり一般商系ルートでもクラリーノランドセルは展開されるようになっていきました。

安物のレッテルを覆す

発売当時、クラリーノランドセルの価格は上代で5,800~6,800円で、革ランドセルは15,000円ぐらいでした。そのためクラリーノは革に比べ安物、という印象がありました。クラリーノの素材である合繊や人絹という言葉的にも天然ものに比べ一段格下という位置づけが消費者の中にはあり、クラリーノとしての質はよくても価格を上げることができず、ランドセルメーカーもクラリーノ素材のランドセルは安い価格でしか作れずこのままではランドセル事業が立ち行かなくなる恐れがでてきました。

この世間のクラリーノに対する偏見を覆すべく、コードバン(馬革)の風合いのある高級人工皮革の開発に乗り出します。天然のコードバンは馬の尻部の革を用いているため1頭から2枚しかとれません。またランドセルにするには硬く技術がいるため、コードバンランドセルは希少価値が高く牛革の数倍の価格で販売されていました。クラレは希少価値の高いコードバンそっくりな風合いのクラリーノの開発に成功し、クラリーノの安物というイメージはこれを機に覆され、従来のクラリーノも価格が見直されるようになりました。

2004年に「天使のはね」のテレビコマーシャルがスタートし、翌年には他のランドセルメーカーもクラリーノランドセルの宣伝を多く打ち立て、消費者にランドセルとクラリーノを強く結びつけることに成功しました。

「ランドセルは海を越えて」

6年間の思い出がたくさん詰まった使用済みランドセルに、ノート、えんぴつ、クレヨン等の文具を詰めて、世界でもっとも物資が不足している国のひとつであるアフガニスタンの子どもたちにプレゼントする活動が「ランドセルは海を越えて」キャンペーンです。ランドセルを贈ると、アフガニスタンの子供たちも喜んでくれる。なおかつ自分たちの思い出の詰まっているランドセルが、また彼らに使われるのを喜んでくれるという日本の子供たちも増えているといいます。この運動は 2004年からスタートして、総数は10万個以上にもなります。

ランドセルの中に文具も入れて贈る。そこにはクラレの真心がこもっているように思います。「ランドセルは、そういう『思いのこもった日本の文化である』という形で商品が消費者に認められれば、これからも長く続いていく商品ではないか」と、クラレ松山氏はおっしゃっていました。クラレは子供たちの未来の創造と、地球環境の改善に今も全力で取り組んでいます。

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