コラム

ランドセルコラム:ランドセル文化について

株式会社後藤重 代表取締役 後藤 勝

ランドセル文化が日本に根付いた背景

現在の日本において、ランドセルという子供向けの鞄は、小学生にふさわしい必需品となっております。新一年生を強くイメージさせる言葉の一つに、「ピカピカのランドセル」というものがあることは多くの人々に広く認知されており、ランドセルは日本の文化となっている、と言っていいのではないでしょうか。
なぜそのように小学生を象徴させるものになり得たのか、ランドセルがなぜここまで日本社会に受け入れられたのか、私なりにそれを考察してみたいと思います。

伊藤博文とランドセル

まず、最初にして最大のその理由として、伊藤博文が大正天皇の学習院小学校入学に際して、それまでに存在しなかったランドセルというものを献納したことがあります。これによってランドセルが、日本における小学校新入学の象徴となりました。国民に広く親しまれている皇室がランドセルを受け入れたことによって、一般国民もそれに倣い、違和感なくランドセルを我が子に与えるようになったという事ではないでしょうか。

ランドセルのメリット

次の大きな理由は、背嚢型であるため、両手が自由に使えるという大きなメリットがある事です。雨の日に傘を安全に差すことができ、体操着や上履き入れ等も同時に携行出来ることは、身体の小さい小学生には便利このうえない機能であることでしょう。そういうことなどが、ランドセルが日本社会に根づいた大きな理由であると思います。
その他にも「小学生といえばランドセル」となるイメージの根拠は数多くあります。小学校の登下校時の風景、アニメ等に描かれた日本の子供の姿、子供部屋にころがっているランドセルの思い出等々、枚挙にいとまがありません。これこそが文化たる所以でありましょう。我々ランドセルに携わる者としては誠に嬉しくありがたいことです。

ランドセルと情操教育

おこがましい言い方ではありますが、ランドセルは子供の情操教育にも役立っていると私は思います。最近の小学生にとって「物を使い切る」という経験は皆無ではないでしょうか。服も履物も、それに慣れた頃には身体に合わなくなり、次の新品を与えられる。教科書も毎年違うものが支給され、テレビやゲームも次々と新シリーズが出てくる。そんな環境の中でランドセルだけが小学校生活の多感な六年の間、ずっと一つのものを使い続けることとなります。ある意味まさに、「もったいない」文化の実践でしょう。これは子供の道徳教育にとってとても大切なことだと思います。それもランドセルが日本社会に必要とされる理由の一つではないでしょうか。

ランドセルのみらいのカタチ

また未来に目を向けると、小学校教育のこれから起こるであろう大きな変化としてまず挙げられるのに、電子教科書化があります。 これは現在、紙媒体である全ての教科書をパソコン・タブレット等の電子機器一台の中に集約し、子供の負担を減らしつつ、高度な教育システムを可能にしようという制度であります。これが実現すれば、現在ランドセルの中に入れている教科書の数が激減しランドセルの形態自体、大きく変化することとなるでしょう。
私は以前、その教育実態を視察するため韓国・米国の、すでにその方針が採用されている学校を見て回ったことがあります。そこで感じたのは、たとえ教科書が無くなったとしてもノートや副教材などを持ち運ぶのに鞄は必要不可欠であり、またタブレット等の精密電子機器を同時に運ぷ為にはケース状の入れ物が最適であろうという事でした。
彼の国では子供達がナイロン素材のデイパックやショルダーなどを使用していましたが、あまりにも弱々しく、ぶつけたら簡単に中の機械は壊れるだろうと感じました。彼らにランドセルというものがあればなあ、と思いつつ帰国しました。

ランドセルの変化

ところでここ数年、ランドセルに大きな変化が起こっています。かつて黒、赤のみの色で、形もほぼ同じものをクラスの全員が持っているというのが当たり前であったのが、近年何十もの色数のランドセルが出はじめ、なおかつそれだけの色数をコンビ使い又はトリオ使いにしています。それだけで何千種類もの品数となります。そのうえ刺繍を入れたり「スワロフスキー」(クリスタルガラス)をつけたりして個性を強調し、他者との違いを目立たせるのが今のランドセルの主流となっています。
当然、その材料費や在庫負担等によって平均価格もかなり上がることとなりました。それがいい事なのか悪い事なのか、今現在我々ランドセルに携わる者には判断するのは難しいことであります。我々それぞれに立場・方針の違いがありますし、需要に応えるのが産業の第一義でありますから。

ランドセル文化の課題

ただ問題は、現状のままランドセルがずっと「文化」たり得るのかどうかという事です。ランドセルが日本の文化のままでいられるかどうか、それが一番大事なことだと私には思えてなりません。
かつて日本には子供にかかわるものとして「雛人形」や「鯉のぼり」などという世界に誇れる文化がありましたが、それらがいつのまにか一般国民から敬遠されるようになっていました。時代の変化についてゆけなかったと言えばそれまでですが、非常に寂しい事です。
くれぐれも、ランドセルがそうならないよう心から祈るばかりであります。

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